大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和31年(ラ)46号 決定 1957年4月10日

抗告人 林清志

訴訟代理人 阿河準一

相手方 高智一郎

主文

原決定を取消す。

当事者間高松地方裁判所丸亀支部昭和二九年(ヌ)第一九号不動産強制競売申立事件に付同庁が昭和二九年一一月一六日当事者間松山地方裁判所昭和二九年(ワ)第三五一号売掛代金請求事件の執行力ある判決正本に基き原決定添付目録記載の物件につき為したる強制競売開始決定は之を取消す。

相手方の本件不動産強制競売申立を却下する。

本件抗告及び異議申立に要した費用は相手方の負担とする。

理由

抗告代理人は原決定を取消す本件強制執行手続を取消すとの裁判を求め、その抗告理由は別紙抗告理由書の通りであつて、之に対する当裁判所の判断は次の通りである。

仍て按ずるに本件記録並に之に添付の原裁判所昭和二九年(ヌ)第一九号不動産強制競売申立事件記録によれば、相手方は当事者間松山地方裁判所昭和二九年(ワ)第三五一号売掛代金請求事件について同庁が昭和二九年八月二八日言渡した仮執行宣言付給付判決(判決主文の要旨-被告(抗告人)は原告(相手方)に対し金三一〇、一九四円及び之に対する昭和二九年六月二一日よりその支払済に至るまで年六分の割合に依る金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする)の執行力ある正本に基き同年一一月一二日原裁判所に対して、抗告人所有の原決定添付目録記載の土地建物につき強制競売の申立をなした。よつて同庁は同月一六日該物件につき強制競売開始決定をなした上、引続き法定の手続を進行したところ、昭和三一年三月二七日午前一〇時の競売期日において、西本昌博が、土地につき代金四三、一〇九円建物につき代金二一四、〇五一円で各競買申出をなし、何れもその最高価競買人となつたため、原裁判所は同年四月二日午前一〇時の競落期日において、右西本昌博に対し之れが競落許可決定を言渡した上、同年六月七日同人に対して同月三〇日午前一〇時に各競落代金を支払うべき旨の代金支払命令を発するに至つたこと。然しながら抗告人においてはさきに松山地方裁判所に対して本件競売手続の基本たる債務名義である前記仮執行宣言付給付判決につき、執行文付与に対する異議の申立をなし、その結果同庁においては昭和三一年六月六日「右異議申立事件の完結に至るまで当該債務名義の執行力ある正本に基く強制執行はこれを停止する」旨の決定をするとともに同日右事件に対する裁判として抗告人が相手方に対する本件基本債務につき和解成立し債務を完済したので、相手方は上告審に係属中であつた本案訴訟を昭和三一年五月八日取下げ、本件強制執行の基本である債務名義は消滅したとの理由を認め、「該判決に対し仮執行宣言に基いて付与した執行文は取消す、当該執行文付与の判決に基いてなしたる強制執行は之を許さない」旨の決定をなし、該決定は同年六月一五日確定した。

而して抗告人は原裁判所に対し同月七日右強制執行停止決定正本を提出し、本件強制執行の停止申請をなし、次いで同月一八日前記松山地方裁判所のした執行文の取消並に強制執行不許宣言の決定正本を添付して本件強制執行方法に対する異議申立をなして、同年六月七日以降に為した強制執行手続の取消は勿論本件強制執行手続の取消を申立てたこと、然るに原裁判所は昭和三一年六月一九日前記競売代金支払期日の指定を取消し、右代金支払期日は追而指定する旨の決定をなし、その頃該決定正本を競落人及び債権者債務者に送達して、なおも本件執行手続を続行せんとしていることが認められる。

元来不動産に対する強制執行は執行力ある債務名義に基き債務者所有の不動産につき競売開始決定を得て、該不動産を換価(通常所謂狭義の競売手続による)して執行債権の満足を計る(所謂配当手続による)ために、債権者の申立によりなされる手続であるから、其の基本となれる債務名義に付与せられた執行文の取消並に該債務名義に基く強制執行の不許を宣言した裁判がなされ、債務者から確定せる右裁判の正本を執行裁判所に提出して右債務名義に基き既になされた強制執行手続の取消を求めて異議申立に及んだ場合には、原則として執行裁判所としては既になした執行手続を取消すべきであることは民事訴訟法第五五一条第五五〇条第一号の規定等の法意に照しても明かである。

而して執行裁判所が既になした執行手続を取消すというは執行行為たる裁判即ち不動産強制競売開始決定其の他競売代金支払期日及び配当期日指定の裁判等を取消す旨の裁判をすることを意味するものであつて、右取消裁判の効力によつて個々の執行又は執行処分も取消される結果となる。然れ共右の如き取消の裁判を為しうる為にはその裁判によつて取消さるべき個々の執行又は執行処分につき取消の必要と実益の存することを要するものと解すべきである。

そこで先ず競落許可決定確定の効果について検討するに、民事訴訟法第六八六条第六八八条の法意に照し競落人は競落代金を完済することを停止条件として競落許可決定の言渡に因り該不動産の所有権を取得するものと解するを相当とする。(昭和一五、七、一〇大審院判決、同一三、四、六同上参照)換言すれば競落許可決定が確定するも競落人において未だ代金を完済しない間は該不動産についての所有権移転の効果は未だ完全に発生したとはいえず、従つて債務者は未だ該不動産の所有権を保有しているものであり、所謂狭義の競売手続も完結したものとは謂えない(従つて亦当然に執行債権者等への配当手続も未だ完結していない)。それ故に強制執行手続において未だ競落人が競落代金を完済しない間は勿論執行処分の凡てを取消す必要と実益があるものと謂うべきである。

尤も右に所謂狭義の競売手続も未だ完結していない場合には右執行行為たる裁判即ち強制競売開始決定の取消に因り形式上確定せる競落許可決定も遂に其の実効なきに帰するものと解すべきである。右の如く競落許可決定が確定しているに拘らず、競落人が未だ代金を完済していない場合には該強制競売開始決定の取消により競落許可決定もその実効なきに帰すると解することは一見強制競売申立の取下については競落人等凡ての利害関係人の同意を要するものとせられている趣旨に反し、その他競落人の保護に欠けるの憾がないとはいえないけれども、元来強制執行の目的は前記の通りにして債権者は債務者の財産を換価して得た売得金を以て債権の満足を受けるにあつて、その結果債務者はその財産権を喪失するものであり、その手続の間にあつて競落人は右財産換価の担手として本手続に加入して来た関係にある。(其の他の利害関係人も夫々の事由により本手続の開始進行につれて該手続に加入して来たものである。)してみると本手続においては競落人の利益は債務者(又は債権者)の利益に比すれば優るとは謂いえないものであるから債務者の立場を参酌すれば叙上の解釈をとる結果競落人の保護に欠げるところがありとするも又己むを得ないものと謂うべきである。唯債権者において競売申立をなし一旦競売手続が開始せられ既に前記各種の利害関係人が加入して来た以上は債権者単独又は債務者との共同の意思のみによつて該申立取下げの効力を認め本手続を消滅せしめることはあまりにも利害関係人(特に競落人等)の法律上の地位を不安ならしめその利益の保護に欠げるところが大きいものと謂わねばならないので、かような場合には凡ての利害関係人の同意を要すると解せられているのも亦当然と謂うべきである。換言すれば後者の場合は主として債権者の執行請求権の放棄に対する制限の問題であるが、前者の場合は債務者からする執行に対する救済申立に関する事項であるので、利害関係人に対する関係において二者必ずしも同様趣旨の下に解決せられねばならないものではなく、これとかれと矛盾するものではない。

叙上の諸点を考合すれば競落許可決定が形式上確定するも未だ競落人が代金を完済しないうちに債務者がその基本となれる債務名義に付与せられた執行文の取消並に強制執行不許宣言の執行力ある裁判の正本を執行裁判所に提出して、同時に執行手続の取消を求めて異議申立に及んだ場合には、基本たる債務名義に付与せられた執行文が取消になり、これにより爾後執行手続は続行するに由なきに帰したのであるから、執行裁判所は既になした強制執行手続(但し形式上確定せる競落許可決定は之を取消し得ないけれども、強制執行手続の取消により当然失効する)を取消す意味において右債務名義に基く不動産強制競売開始決定を取消し債権者の不動産強制競売申立を却下すべきものと解するを相当とする。本件について之を観るに、前示競落人が未だ競落代金を完済したものとは認められないから、勿論本件強制執行手続(所謂狭義の競売手続も含む)が未だ完結していないことは明かであるところ、債務者たる抗告人が前記日時執行裁判所たる原裁判所に対し前記強制執行停止決定正本を提出して本件強制執行手続の停止を申立たに拘らず、原裁判所は同日競落代金支払期日指定の決定をなし、その旨競落人に通知して該執行手続を停止しなかつたこと、そこで前記日時債務者たる抗告人から執行裁判所たる原裁判所に対しその基本となれる債務名義に付与せられた執行文の取消並に該債務名義に基く強制執行不許宣言の決定正本を提出して既に為された本件強制執行手続の取消を申立てた。それにも拘らず前記日時原裁判所は先になした競落代金支払期日を取消し同時に該支払期日は追而指定する旨の決定をなし、その頃競落人及び債権者債務者に対し該決定正本を送達し、なおも本件執行手続を続行せんとしていることは前認定の通りである。唯本件記録を調べてみるに抗告人が右執行文取消並に強制執行不許宣言の決定正本を提出した当時は勿論原裁判所が本件異議申立事件に対する原決定をなした同年六月二六日当時までにおいては右決定の確定証明書が提出せられた事跡は認められないけれども、既に昭和三二年二月二五日当裁判所宛に右決定の確定証明書が提出せられたので、之によれば、右裁判は既に本件異議申立の前たる同三一年六月一五日に確定していたことは前認定の通りであるから、実質上は右決定正本は当時既に執行力を具有していたものと謂うべきである(昭和一二、四、二〇大審院判決参照)。それ故に右決定正本が執行裁判所に提出せられたのは本件競落許可決定が形式上確定した後のことであるとはいえ、執行裁判所としては右決定正本の執行力の有無を審理した上該債務名義に基き既になしたる本件強制執行手続を取消す意味において本件不動産につきなした主文掲記の不動産強制競売開始決定を取消し相手方の本件不動産強制競売申立を却下すべきであること前叙説示に徴して明かである。

然るに原裁判所は右決定正本の執行力の有無につき審理することなく、結局叙上認定と反対の結論に出で本件強制執行手続を取消すことなく抗告人の本件異議申立を棄却したのである。右原裁判所の執つた措置は失当にして原決定も亦結局失当たるを免れず、本件抗告は理由があり、原決定を取消すこととし、民事訴訟法第四一四条第三八六条第八九条第九六条を適用して主文のように決定する。

(裁判長判事 石丸友二郎 判事 浮田茂男 判事 橘盛行)

抗告代理人の抗告理由

一、原審に於ける異議申立に対する決定中に理由の冒頭より同決定書三枚目表二行目の終りまで摘示する申立人の主張を援用する。

二、原審決定理由中に述べられているが如く強制競売手続は各個ばらばらの分離された手続ではなく一貫性のある連続した手続であつて、裁判所により強制執行は之を許さずとの決定があればそれ以降の手続は当然理由の如何を問わず停止すべきものである。競売代金の支払命令を出すが如きことは明らかに競売手続の一部であつて裁判所の決定を無視するものであると言わなければならない。又競落許可決定によつて所有権が移転すると言われるがそれは停止条件付のものであり代金完納によつて初めて所有権が移転するのである。従つて競落許可決定後強制執行の停止決定が裁判所によつて為され、更に執行を許さない旨の決定があり、代金納入の手続が不可能になれば右の競落許可決定による所有権移転が阻止されることは当然である。

三、競落人の保護を原審決定に於ては主張せられるが既に債務は完済され執行の目的は存在しないに拘らず執行を続行せられる抗告人の立場は競落人の立場より更に保護されるべき状況にあると言わなければならない。詳細は更に後に陳述する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例